電飾動物園 [35mmF1.4G]
イルミネーションで作られた色々な動物たち。夜空に忽然と現れた動物園のようでした。
今日は大晦日。2013年の終わりが刻一刻と近付いています。今年もたくさんの方々のご訪問、nice!、および温かいコメントをいただきまして誠にありがとうございました。2014年が皆様にとって素敵な1年となりますようにお祈り申し上げます。
そして大滝詠一さん、素晴らしい音楽とアーティストたちを世に送り出していただきありがとうございました。
夕焼け雲 [35mmF1.4G]
夕焼け雲が実に多彩な表情を見せていました。高い雲、低い雲、色も形も様々。まるで絵画のようでした。下ばかり向いて調査活動に忙しいうちのワンコの視界には全く入っていなかったようですが。
残暑 [35mmF1.4G]
少し涼しくなったような気がしたので、久しぶりに愛犬と昼間の散歩に出掛けました。暑さの峠は越えたようですが、残念ながらワンコにとってはまだまだ厳しいようです。しばらくは夜の散歩が中心になりそうです。
伊豆山神社 [35mmF1.4G]
伊豆山神社は熱海市街を見下ろす山の中腹(海抜約170メートル)に鎮座しています。資料が残っていないため、創立の年代は正確にはわからないそうなのですが、およそ紀元前5世紀前後ではないかと考えられているようです。紀元前5世紀というと、西洋ではソクラテスやヒポクラテス、東洋では老子や孔子の時代ですから、長い歴史があることがわかります。この神社は源頼朝と北条政子の逢瀬の場であったことから、縁結びの神社としても人気があります。
急な石段を登って鳥居をくぐると手水舎で紅白の龍が出迎えてくれます。赤龍は火の力を、白龍は水の力を掌握する守護神で、この二龍が力を合わせて温泉を生み出すという意味が込められているそうです。温泉の街、熱海ならではですね。ちなみに戦国時代には豊臣秀吉の小田原征伐により伊豆山神社も焼き討ちにあってしまいますが、江戸時代に入ってこれを再建したのが徳川家康だそうです。家康はしばしば熱海に湯治に訪れていたようです。
本殿でお参りを済ませますが、更に奥には白山社と本宮があるので行ってみることにしました。しかし、この山は古くから修験場であるというだけあって、白山社に続く道は参道というよりは登山道といった趣でした。
白山社でお参りをしますが、立ち止まっていると蚊が何十匹も襲ってきて長居はできません。残念ながら本宮への参拝は諦めて下山することにしました。
本殿まで戻って来て、辺りを散策すると意外な物を発見しました。比較的新しい朱塗りの鳥居です。
駐車場入り口にある立派な鳥居を奉納したのはこの方。
そう、キョンキョンこと小泉今日子さんです。念のためググってみますと、やはり歌手で女優の小泉今日子さんが2010年に奉納されたそうです。どうやら小泉さんとお知り合いの神社関係者の方が鳥居建造の任を負っていたらしいのですが、資金集めに苦労して悩んでいたのだそうです。それを知った小泉さんが奉納を申し出て、めでたくこの鳥居が完成したと言うことです。高さ7メートルのこの鳥居は福岡県の職人さんにより作られ、はるばる船に乗ってここまで運ばれてきたそうです。
Bokeh [35mmF1.4G]
重要な写真表現の手段に「ボケ」があります。主題をハッキリと写す一方で、その他の部分はぼやけて見えないようにすると、画面の中の主題を浮かび上がらせる効果が期待できます。私がαシステムを使い続けている一番の理由に、αのレンズには私の好きなタイプのボケを呈するものが多いことが挙げられます。その中でも最も好きなレンズが35mmF1.4Gと135mmF2.8STFです。両者は異なる味を持っていますが、どちらも合焦部のシャープさと二線ボケになりにくい柔らかなボケ味という点で共通しています。これらのレンズがある限り、私はαシステムを使い続けることでしょう。
ところで、日本語の「ボケ」は今や万国共通語となっています。海外のレンズ評価でも「bokeh」という単語が普通に使われるようになりました。日本人はボケの質にこだわり、欧米人は解像度の高さにこだわる人が多いそうですが、bokehという単語の広がりは、そんな日本人の国民性を裏付けるものなのかも知れません。
35mmF1.4G F1.4 1/2000
35mmF1.4G F2.0 1/2000
135mmF2.8STF F4.5 1/160
大雄山最乗寺 [35mmF1.4G]
箱根外輪山の外縁部に当たり、芦ノ湖と丹沢湖のほぼ中間に位置する大雄山最乗寺は1394年に建立された曹洞宗のお寺です。広大な境内の山林面積は130町(1町は9,917.4平方メートル)に及ぶということですから、東京ドームの面積を46,755平方メートルとすると、約27.6個分ということになります。修行道場としての機能を有し、大きな僧房や宿坊を備えている他、お堂や塔の数は30を超える立派なお寺です。建物や造園は自然の山岳地形をうまく生かしたレイアウトになっており、お参りする者の目を飽きさせません。お寺の創建に貢献した道了と言う僧が天狗になったという天狗伝説があり、境内には天狗の像や奉納された高下駄などが多く見られます。最も高い所に位置する奥の院へは350段を超える急な石段を登らなければ辿り着けません。その石段の両側にも天狗の像があり、ものすごい形相で道了大薩埵の浄域を守っているようでした。
不動堂と洗心之滝
見事な杉並木の参道が延々と続く
最後に奥の院へ続く350余段の石段が待っている
狛犬さんのポーズ
奥の院
奉納されたたくさんの高下駄。2つで1対に因み、縁組や夫婦円満のご利益があるとか。
何者かの気配を感じたのか、森の中で遠吠え?
鎌倉散策 [35mmF1.4G]
鎌倉駅の北西1~2kmくらいの所に、互いに近接して銭洗弁財天宇賀福神社と佐助稲荷神社があります。両者は共に源頼朝の命により建立されたと言われています。鎌倉駅界隈で所用があったので、散策がてら少し早めに出てこの2つの神社を参拝することにしました。
銭洗弁財天宇賀福神社は1185年、巳年、巳の月、巳の日に頼朝が見た夢のお告げに基づき、人頭蛇身の姿でとぐろを巻く宇賀神を祀ったのが始まりとされています。その後、七福神のひとつである弁財天と習合して今に至るということです。蛇の姿の神様ということですから、巳年の年始詣には最適な神社と言えるでしょう。岩山に掘られた手掘りのトンネルをくぐって境内に入ります。トンネルの壁には無数のノミ跡が見られ、これを掘った人々の想いが感じられるようです。境内の一番奥の岩壁に掘られた洞窟(奥宮)内にある清水で硬貨や紙幣を洗うと財が増えると言われ、銭洗の名の由来となっています。
佐助稲荷神社は頼朝が平家討伐を果たせたことに感謝し、1190年にこの地に造営させたと言われています。参道の階段一段一段に朱塗りの鳥居が建てられており、それをくぐって本殿まで登ります。本殿の周囲の森の中にも小さな祠(ほこら)がたくさんあり、狐の置物が無数に供えられていました。
Autumn Leaves [35mmF1.4G]
ビーチ・クルーザー [35mmF1.4G]
海岸近くを行き交う自転車を見ているうちに、街中ではほとんど見かけないタイプの自転車が圧倒的に多いことに気付きました。クラシックで優雅な曲線を描くフレーム、白いサイドウォールを持つ太めのタイヤ、大きな円弧状のハンドル。興味深いので調べてみると、ビーチ・クルーザーと呼ばれる種類の自転車であることがわかりました。
ビーチ・クルーザーは1934年に米国でSchwinn社が発売したAerocycleという名の、オートバイや航空機をモチーフにデザインされたシリーズが発祥のようです。1970年代に入って、ガレージに眠っていたこれらのレトロ自転車を米国西海岸のサーファーたちがビーチまでの足に使うようになり、ファッションとなって行ったようです。日本では現在、Rainbow Products Japanという会社がこだわりを持ちながら精力的にビーチ・クルーザーを企画販売しています。同社のホームページによると「どこまでものんびりと行けるラクな自転車」がビーチ・クルーザーの本質であり、「でかく、ごつく、エレガント」なデザインが大きな特徴であると言うことです。この自転車は後輪にコースター・ブレーキ、つまりペダルを逆回しすると作動するブレーキを採用しています。私が子供の頃に、近所に住んでいた同じ年頃の米国人の自転車を借りて運転させてもらったことがあるのですが、その自転車のブレーキがコースター・ブレーキでした。最初は面食らうのですが、慣れるとレバーを握るよりも楽だったことを思い出しました。米国ではほとんどの自転車がこのコースター・ブレーキを採用しているそうです。サーファーがボードを片手に運転しても、他方の手で前輪ブレーキ、ペダルで後輪ブレーキをかけられるので、ビーチ・クルーザーがこの方式のブレーキを採用していることは非常に理に適っています。
米国のサーファー文化と共に入ってきて、海辺のこの街に深く根付いて行ったと思われるビーチ・クルーザー。所変われば自転車も変わるのだから面白いですね。
偶然の妙 [35mmF1.4G]
露出の設定を間違えて、必要以上に暗く写してしまいました。しかし、これはこれで良い雰囲気に見えるような気もします。偶然の妙とでも言うのでしょうか。
偶然は時に面白い計らいを見せてくれます。私は新しい発見は偶然の中からしか生まれて来ないと思っているのですが、例えばノーベル賞の田中耕一さんも江崎玲於奈さんも、意図しない偶然から受賞につながる大発見を得たことは有名な話です。もちろん偶然をただの偶然に終わらせないためには、バックグラウンドとなる知識や、差異を見逃さない洞察力が必要なのは言うまでもありません。しかしそれ以前に、少しでも多くの偶然に遭遇するためには、とにかく自分自身の手で多くのことを試すことが大切です。楽しみながら面白がって色々と試す。それが新しいものを生み出す原動力だと思うのです。予定調和の中からは何も新しいものは生まれない。それは科学技術の分野だけではなく、どの世界にも当てはまることだと思います。今の日本の社会に元気がなく、何となく閉塞感が漂うのは、皆が心理的、時間的余裕を失い、横道に逸れたり、面白がって色々試したりすることが少なくなって来ていることも一因なのではないでしょうか。この世に失敗などありません。なぜならば、一見失敗と思われるようなことでも、必ず経験となり、成功への糧になるからです。さあ、色々と試して偶然の女神に微笑んでもらおうじゃないですか。
海に咲く花 [35mmF1.4G]
海岸で開催された花火大会を見に行ってきました。この時期に花火を見るのは初めてでしたが、夏に比べて混雑も少なく、ゆったりと見ることができました。花火の撮影はこれで4回目。段々とコツがつかめて来たのか、失敗写真が少なくなりました。花火の状況とシャッタースピードの加減の関係が少しずつわかって来たような気がします。絞りで露出を決めたら、あとは打ち上がる花火の数に応じてシャッタースピードを変えて行くのですが、派手にドンパチ上がるときはシャッタースピードを1秒程度に短くして多数の花火が重なって写るのを避けます。逆に一発ずつ上がるときはシャッタースピードを10秒くらいに充分長くして、打ち上げの軌跡から大きく花開くまでをしっかり露光するときれいに写ります。それでは海面に咲いた花たちをご覧下さい。
Macintosh LC630 [35mmF1.4G]
1995年に貯金をはたいて初めて手に入れたPCがこのMacintosh LC630でした。Macとの出会いは1980年代後半まで遡ります。その頃、日本ではNECのPC-98シリーズというPCと、MicrosoftのMS-DOSというOSの組み合わせが主流でした。しかし当時のPCは本格的な計算には非力過ぎましたから、業務で科学技術計算を行うにはPCではなく、DEC社の大型コンピュータVAX-11や、その頃に出始めていたソニーやサンマイクロシステムズのUNIXベースのワークステーションを何人かでシェアして使うのが普通でした。また、文書作成では使いやすさの面で、普及し始めていたWord Processor(ワープロ)に軍配が上がる状態でした。そんなある日、隣のオフィスでMacintosh SE/30やMacintosh IIfxを使っているのを知りました。隣の課の人たちが書くレポートには非常に美しい図やグラフや数式がきれいにレイアウトされており、それがMacintoshを使って書かれたものであるというのです。しかも、Mathmaticaというソフトウエアを使うと高度な計算も簡単にできるらしいのです。早速試しに使わせてもらうと、それまでのコンピュータとは全く違う操作方法(アイコンをマウスでクリックする現在では当たり前の操作法)や、痒い所に手が届くような完成度の高いソフトウエア群にただただ驚くばかりでした。すっかりMacの虜になった私は上司におねだりをし続けて、Macintosh IIciという機種を買ってもらいました。価格は本体だけで60万円を超えていたと思います。IIciはその後10年間業務に使用しました。
1990年代半ばになると日本でもインターネットの商用利用が解禁されたり、Microsoft社がMacOSの真似をしてWindows95を発売するなどして、インターネットやコンピュータの個人利用熱が高まってきました。Macintoshの価格も20万円以下に落ちてきたので、1995年にこのLC630を自宅用に購入することを決心しました。それから17年、PCの性能やネットワークの通信速度は飛躍的に向上し、LC630はほとんど出番がなくなりました。思い出深いPCではありますが、いつまでも机の上を占有させ、埃をかぶったままにしておく訳にもいかなくなり、お別れをすることにしました。今まで働いてくれた感謝を込めて、分解して記録に残しておくことにします。
初期のMacから脈々と続く特長として、美しさと機能性を両立した素晴らしい筐体設計があります。ねじをほとんどはずすことなく内部にアクセスできます。箱根寄木細工の秘密箱のように各部品を正しい順番にスライドさせて行くとバラバラに分解することができます。まるでパズルを解くようで、外し方がすぐにはわからない部品もあります。しかし、一度わかってしまえば分解しやすいことこの上ありません。内部の整然と配置された部品やケーブルには美学さえ感じます。それでは写真で内部を見て行きましょう。
コンパクトだがずっしりと重い本体。17年の歳月にずいぶん汚れが目立つ。
下から左右の爪を外すとフロントパネルが外れる。
右下の鉄板の蓋を開けるとHDDにアクセスできる。HDDと光ディスクドライブはプラスチック製のそりの上に載っており、簡単に引き出して交換ができる。
マザーボードは背面から引き出しのように引き出して外す。私はオリジナルのボードをPowerPC搭載のPerforma6210のマザーボードに交換して使っていた。
トップパネルとサイドパネルは前にスライドさせると外せる。ねじは一本も使わない。
メインシャーシの蓋を開けると、長いケーブルをきれいに固定するための針金製のフックが2箇所あった。配線にまでこだわりを感じる。
整然とサブシャーシで区切り部品を配置している。
スピーカはプラスチック製のエンクロージャに取り付けられており、音質にもこだわった形跡がある。
PowerPCを搭載したPerforma6210用マザーボード(左)と68LC040搭載のLC630用マザーボード
68LC040プロセッサ。高級感のある紫色のセラミックパッケージに入っている。
PowerPC603プロセッサ。処理能力は向上しているのに、発熱が少ないのかプラスチックパッケージ。世代の違いを感じる。
夕暮れの渚 [35mmF1.4G]
この時期の日中は犬にとって耐え難い暑さなので、夕暮れ時の海岸を散歩することにしました。昼間はたくさんの人で賑わっていたであろう都会の渚は、日暮れとともに静寂を取り戻し、心地の良い潮風で出迎えてくれます。誰かが作った砂の塔が波打ち際に置き去りにされています。乗り手のいなくなったボートは穏やかな波間にただ漂うだけ。夕日がどんどん低くなってきて、ついにはビルに映る高さになり、そして足早に地面の裏側に隠れて行きました。夜の帳が下りてくると、遠景は一気に華やかさを増してきました。
乙女の滝 [35mmF1.4G]
乙女の滝という名の滝はおそらく日本全国にいくつもあると思いますが、下の写真は那須高原にある乙女の滝です。白笹山(1719メートル)から流れ出る沢名川が板室温泉付近で幅5メートル、高さ10メートルの滝を形成しています。名前の由来は若くて美しい女性がここで髪を洗っていたからだとも、滝の水が乙女の髪の毛のようだからとも言われています。また、これもありがちですが、乙女の足は魚の尾の形をしていたとも言われているそうです。この日は雨が降っていたために水量が豊富で、滝の落差の割には迫力がありました。駐車場から滝壺に降りる階段はとても急でしたが、うちの愛犬も一生懸命に昇り降りしていました。
マジックアワーから夜の帳 [35mmF1.4G]
写真や映画の世界では、日没直後や日の出直前の時間帯をマジックアワーと言います。被写体に直射日光が当たらないために影が消え、光が満遍なく行きわたった美しい映像が撮れるからだそうです。しかしマジックアワーの持続時間は非常に短いため、そのチャンスを充分に生かして撮影するのは容易なことではありません。そんなマジックアワーを効果的に利用して撮影された映画がテレンス・マリック監督の「天国の日々」(主演リチャード・ギア 1978年)だそうです。カンヌ映画祭監督賞やアカデミー撮影賞などに輝いたこの作品は、美しい映像にこだわって多くのシーンがマジックアワーに撮影されたそうです。まだ見たことがないので、是非鑑賞してみたい一本です。マジックアワーが過ぎた後、夜の帳が下りた空の色も個人的には好きだったりします。