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竹野屋旅館 [その他]

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 5月の終わりに山陰地方を旅してきました。その時に泊まった宿の一つが出雲大社の目の前にある「竹野屋旅館」です。実は以前からずっとここに泊まってみたいと思っていました。と言うのも、ここはシンガーソングライターの竹内まりやさんのご実家なのです。1970年代のデビュー当時から竹内まりやさんと山下達郎さんを敬愛する身としては、いつかは実現したいことの一つでした。
 竹野屋は明治10年(1877)に創業されました。140余年の歴史を持ち、出雲大社を参拝する皇室の方々にも利用される由緒正しき旅館です。大社町長でもあった4代目の竹内繁蔵さんが竹内まりやさんのお父様にあたります。その後、お兄様が5代目を継がれ、経営的に厳しい時代もあったようですが、創業140周年を迎えた2017年からは新しい経営者(竹内まりやさんの姪御さんの夫)に引き継がれて現在に至っています。
 竹野屋を象徴する本館の建物は昭和4年に建てられたもので、当時の風情を今に伝えています。畳敷きのロビーの隣には、2014年にリリースされた竹内まりやさんのアルバム「TRAD」のジャケット写真に写っている階段がありました。さらに奥へ進むと本館の西側に2016年に改築された新館があります。2016年から2017年にかけての新館の改装や経営の刷新にあたり、竹内まりやさんご自身も大変なご尽力をされたそうです。代々受け継がれてきた竹野屋を自分たちの代で終わらせたくないという想いが強かったのだそうです。また、音楽好きだったお兄様の影響でまりやさんも音楽を好きになったそうなのですが、そのお兄様が竹野屋を継いで苦労されているのを見ているうちに、まりやさんが今まで好きなことをやってこられたのはお兄様のおかげと思うに至ったようです。そのため、いつかお兄様や竹野屋に恩返しがしたいと考えていたそうです。新館の改築や経営の刷新に際しては、夫の山下達郎さんと一緒に何度も家族会議に出掛けて竹野屋の再生について話し合ったということです。今回はその新館の3階に宿泊しました。窓を開けると出雲大社の鳥居が間近に見えました。出雲大社参拝にはこれ以上ない絶好のロケーションです。まりやさんのご実家は出雲大社の参道にある旅館だとは聞いていましたが、これほどまでに近い所とは思いませんでした。さらに近くに目をやると、旅館と棟続きの住居棟が見えました。若き日の竹内まりやさんがビートルズを聴いていたのはあの2階の部屋かな、などと妄想を巡らせると感慨深いものがありました。
 新館の1階には大きな食堂があり、宿泊客はそこで食事をします。夕食には、ずわいがに、のどぐろ、和牛などの贅沢な食材を使って丁寧に作られた懐石料理が供されます。BGMには全曲山下達郎さんの楽曲が使用されていました。朝食時には竹内まりやさんの曲が流れるのかと期待していましたが、予想は外れてクラシック音楽でした。フロントの横には控えめに山下達郎・竹内まりやコーナーがあり、CDやグッズが販売されていました。探さなければ見つからないほどの奥ゆかしさには、旅館の雰囲気を壊さず、商業主義にも走らず、それでいてファンをがっかりさせない絶妙の心配りを感じました。
 古い物の風情と新しい物の快適性をうまく兼ね備え、心地の良い空間を作り出している竹野屋旅館。一流の料理人が作るおいしい食事や、若い従業員さんたちの一生懸命なおもてなし、そして何といっても出雲大社のすぐそばというロケーションが満足度を高めてくれます。長年の希望が叶い、忘れられない出雲の旅となりました。

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昭和初期の風情を今に伝える本館

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本館の玄関を入ると畳敷きのロビー

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館内はお香が焚かれていた(新館)

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「縁の糸」は竹内まりやさんの楽曲のタイトル(本館ロビー)

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竹内まりやさんの「愛しきわが出雲」の歌詞から抜粋された書(新館 食堂前)

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中庭には子猫の兄弟が

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短かった梅雨を偲んで [35mmF1.4G]

今年の梅雨は20日ほどで終わってしまいました。長ければ早く明けろ、短ければ短過ぎだ、と思ってしまう人間は勝手な生き物ですね。梅雨明けしてしまってアップする機会を失っていた梅雨の時期の写真をいくつか載せておきます。

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植田正治写真美術館 [その他]

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 1995年、鳥取県の伯耆(ほうき)町に写真家・植田正治(1913ー2000)の作品を半永久的に展示する目的で植田正治写真美術館が建設されました。設計者は、キリン本社ビル(1995)、よこはま動物園ズーラシア(1998)、ワコール本社ビル(1999)などを手掛けた島根県出身の高松伸さんです。この美術館の敷地は大山が真正面に見える山麓に位置しているため、その絶景と如何に対峙し調和するかを念頭に置いて設計されたそうです。複数の直方体に分離された展示室と、その後ろを囲う大山を中心とした円弧状の壁が印象的な建物です。室内から大山を見通せるポイントがいくつかあり、額縁の中の絵画のような風景を楽しめます。また、展示室の一つが大きな写真機となっており、直径600mm、重量625kgの大口径レンズを通して壁一面に大山のライブ映像を結像させる仕組みを備えています。

 植田正治は「植田調」と呼ばれる演出写真の手法を確立した海外でも人気のある写真家です。鳥取砂丘などを舞台に妻や子供にオブジェのようなポーズを取らせた独自の作風が特徴です。「少女四態」「パパとママと子供たち」などの一連の演出写真を見たことがある方も多いのではないでしょうか。正治は1913年に鳥取県境港市の履物店「下駄屋」の次男として生まれました。小学生の頃から写真を始めましたが、高校卒業の頃には画家になりたかったそうです。しかし父親の反対に遭い、ドイツ製のカメラを買ってもらうのと引き換えに画家への夢をあきらめたのだそうです。そこで東京の中野にあった写真学校に入学し、卒業後19歳で地元・境港市に写真館を開業します。以来、約70年間にわたって地元を拠点に斬新な写真を発表し続けました。自らをアマチュアと称し、枠にはまらない自由な創作活動を貫きました。1996年にはフランス政府から芸術文化勲章を受章しています。


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スピーカー・スパイクを導入 [audio]

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 我が家のリスニングルームの床はパインの無垢材を使用しているために微妙なうねりがあり、平面性があまり良くありません。そのためスピーカースタンドの据わりが悪く、応急対策として隙間に家具用の小さなゴムの楔(くさび)を入れてガタが出ないようにしていました。しかし、もっと根本的な対策を打つ必要があると考え、スピーカー・スパイクを導入してみることにしました。
 スピーカー・スパイクと言うのはスピーカー(あるいはスピーカースタンド)が床と接触する面に円錐状の足を付け、床との間を面ではなく点で接触するようにするための部品です。面で接触させている場合、接触する面同士が完全な平面でない限り少なからずガタが生じます。しかし、3つの「点」で接触させればガタはなくなります。デコボコの地面でもカメラの三脚が立てられるのと同じ理屈です。スピーカー・スパイクのもう一つの利点は、スピーカーと床の間の振動の伝達特性を変えられることにあります。高い周波数の振動を伝えにくくしたり、床との共振を低減させたりする効果が期待できます。
 今回試したのはDAYTON AUDIOと言う米国でオーディオアクセサリーやパーツを扱うブランドのDSS6-BKというモデルです。真鍮製のスパイクとスパイク受けがセットになったものです。スピーカーへの固定にM6のスタッドボルト(雄ねじを切った丸棒)を使用する構造が決め手となりました。今回スパイクを取り付けるスピーカーは日本ビクター製のSX-V1と言うモデルで、このスピーカーの専用スタンドの底にはM6のタップが3つ切ってあるのです。従って、スタンドを加工することなくスパイクを取り付けることができ、気に入らなければ完全に元に戻せるのです。

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ただし、付属のスタッドボルトでは短すぎるため、長さ75mmのM6スタッドボルトを別途用意しました。SX-V1のスピーカースタンドはスピーカーエンクロージャーの底に突き出た3本の真鍮の足を3本の木製の支柱で受け、支柱の下端に円盤状のウエイトを付けて床に接するようになっています。ウエイトを支柱に固定しているボルトがM6なので、それを抜いて代わりにスタッドボルトを半分ほどねじ込み、他端にスピーカー・スパイクを取り付ける算段です。支柱とスパイクの双方にできるだけ深くスタッドボルトをねじ込みたかったため、長めのボルトを準備しました。

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ウエイトを取り付けるボルトを抜き、代わりにスタッドボルトとナットでウエイトを固定する

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突き出たスタッドボルトにスピーカー・スパイクを取り付け、ロックナットで固定する

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 上の写真のように床から宙に浮いた状態になりますが、不安定感はありません。むしろガタがなくなってメカニカルアースがきちんと取れた感じがします。早速試聴してみると、音を出してすぐに絶大な効果が感じられました。まず、シンバルやトライアングルなど高音の楽器の定位が驚くほど良くなり、どの方向で鳴っているかが非常に明確になりました。以前は楽器の位置を±1°の誤差でしか言い当てられなかったところを、±0.5°の誤差で言い当てられるようになった感じです。あるいは、わずかにボケていた画像に隅々までフォーカスが合った、という表現もできるでしょうか。更に、音の響きが良くなると共に低音が締まって聞こえるようになりました。また、音像が前後方向にも広がり、楽器とボーカルの前後関係がよりはっきりしてきました。全体的に混然となっていた音が一つ一つにほぐれて聞こえるようになった印象です。スパイクの3点支持によりガタがなくなり高音の位相関係が正確になったこと、床とのアイソレーションにより左右のスピーカー振動の干渉が低減したこと、床との共振が減りスピーカーが独立に振動できるようになったことなどが良い結果を生んでいるのではないかと考えられます。音を聴くまでは、変化がわからないくらい些細な効果しか得られないだろうと思っていましたが、もっと早くスパイクを導入しておけば良かったと後悔するくらい劇的に音質が良くなりました。今まで聴いて来た音源を全部このセッティングで聴き直したいと思うほどの改善です。これだからオーディオはやめられません。スピーカー・スパイクはコストパフォーマンスが極めて高いチューニング方法なので、お手持ちのオーディオセットをワンランクアップさせたいとお考えの方には試してみることを強くお勧めします。

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早すぎる梅雨明け [ZZ-R1100]

 6月29日に気象庁から「関東甲信地方が梅雨明けしたと見られる」との発表がありました。比較的梅雨明けが早かった去年と比べても7日も早く、平年よりも22日も早いということです。今後の猛暑や水不足が心配です。
 気象庁のデータを調べてみると、記録が残っている1951年以降では6月中に梅雨明けしてしまうのは今年が初めてでした。過去に一番早かった梅雨明けは7月1日(2001年)でしたので、それを2日更新したことになります。反対に一番遅かった梅雨明けは8月4日(1982年)でした。
 ちなみに、梅雨入りの方は一番早かったのが5月3日(1963年)で、一番遅かったのが6月22日(1967年と2007年の2回)でした。今年は6月6日でした。入梅が早かった1963年はほぼ3ヶ月間梅雨が続いたようです。それと比べれば1ヶ月足らずで明けてくれた今年の方が嬉しいですね。
 梅雨明け記念にという訳ではありませんが、軽くオートバイで走って来ました。涼を求めて標高の高い箱根の大観山を目指しました。下界は蒸し暑かったのですが、1,000メートル登ると気温は10℃ほど低く、心地良い風が吹いていました。早すぎる梅雨明けのためか、いつもなら多くのライダーで賑わう駐車場は閑散としていました。

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